世界中の街角で見かけない日はない、あの「3本のライン」が入ったハーフドームのロゴ。アウトドアファンならずとも、誰もが一度は手に取ったことがあるであろうブランド、それがノースフェイスです。
しかし、この世界最大の本格派アウトドアブランドを立ち上げた人物が、どのような人生を歩み、なぜ絶頂期にビジネスの世界を去ったのかを知る人は意外に少ないかもしれません。
ノースフェイスの創業者、ダグラス・トンプキンス。
彼は単なる成功した起業家ではありませんでした。冒険家であり、反逆児であり、そして最後には地球を守るために全てを捧げた「究極のエコロジスト」でした。今回は、そんな彼の波乱に満ちた生涯と、ノースフェイスというブランドに込められた魂の物語を紐解いていきましょう。
1966年、サンフランシスコの小さな店から始まった伝説
物語の舞台は、1960年代のサンフランシスコです。当時のアメリカはヒッピー文化の全盛期。既存の価値観に疑問を持つ若者たちが集まるこの街で、1966年、ダグラス・トンプキンスは妻のスージーと共に一軒の小さなショップをオープンさせました。
それがノースフェイスの始まりです。
当初はスキーとバックパッキングの用品を扱う小売店に過ぎませんでした。しかし、開店初日のエピソードが実に彼らしいものです。店の前では当時のカウンターカルチャーを象徴するバンド「グレイトフル・デッド」が演奏し、型破りなオープニングパーティーが開かれました。
彼は、単に道具を売るのではなく「外の世界へ飛び出すための手段」を提供したかったのです。ブランド名の「ノースフェイス(北壁)」は、山において最も登頂が困難で過酷なルートを指します。あえて困難な道を選び、挑戦し続ける。その哲学は、創業当初から既に確立されていました。
世界を驚かせた革新。ドーム型テントと「ルースサック」
ダグはビジネスマンである前に、一流のクライマーでありスキーヤーでした。だからこそ、当時の重くて使いにくいアウトドアギアに我慢がならなかったのです。彼は「より軽く、より丈夫に」という理想を追求し、次々と革命的な製品を生み出していきます。
その筆頭が、1970年代に発表された世界初のドーム型テント「オーバルインテンション」です。
それまでのテントといえば、A型の三角屋根が主流でした。しかしダグは、建築家バックミンスター・フラーの理論を応用し、球体に近い構造を採用。これにより、風を逃がしつつ内部空間を劇的に広げることに成功しました。現在の登山用テントの原型は、彼が作ったと言っても過言ではありません。
また、ノースフェイスのバックパックとして名高い「ルースサック」も、この時期に誕生しました。ベトナム戦争の余剰物資を再利用するという、当時としては先進的なアップサイクルの発想で作られたこのリュックは、その軽量さと機能性で全米のバックパッカーを虜にしました。
パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードとの「伝説の旅」
ノースフェイスの歴史を語る上で欠かせないのが、もう一人の偉大な創業者との友情です。それは、パタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナード。
ダグとイヴォンは、高校時代からの大親友でした。1968年、彼らは中古のフォルクスワーゲン・バスを改造し、サンフランシスコから南米パタゴニア地方まで約1万マイルを旅する遠征に出かけました。
サーフィンを楽しみ、岩壁を登り、キャンプを繰り返しながら南下するその旅は、ドキュメンタリー映画『180°SOUTH』の題材にもなり、アウトドアカルチャーにおける「伝説」として語り継がれています。
この旅の中で、ダグはイヴォンに「クライミングギアだけでなく、アパレル(服)も手がけるべきだ」と助言したと言われています。もしダグがいなければ、現在のパタゴニアというブランドは存在していなかったかもしれません。二人の天才が互いに刺激し合い、高め合った結果が、現在のアウトドア業界の礎となっているのです。
成功の絶頂でビジネスを捨てた「脱・資本主義」への転換
ノースフェイスを創業してわずか数年後の1968年、ダグは驚くべき行動に出ます。なんと、自分が作り上げたブランドを売却してしまったのです。
その後、彼は妻と共にファッションブランド「エスプリ(Esprit)」を立ち上げ、世界的な大成功を収めます。しかし、資産が何十億ドルと積み上がっていく一方で、ダグの心には強い違和感が芽生え始めました。
「自分は不必要なものを大量に消費させる片棒を担いでいるのではないか?」
そう感じた彼は、1990年頃に全てのビジネスキャリアを清算します。会社を売り、都会の生活を捨て、彼はかつて旅した南米のチリへと移住しました。
彼が向かったのは、手つかずの自然が残る南米の奥地。そこで彼は、私財を投げ打って広大な土地を買い占め始めます。その目的は、開発の手から自然を守るため。彼は最終的に、東京都の面積の約4倍にも及ぶ土地を購入し、それを「国立公園として寄付する」という前代未聞の活動に没頭していきました。
「Never Stop Exploring」の精神は永遠に
ダグの最期は、まさに冒険家らしいものでした。
2015年12月、チリのヘネラル・カレーラ湖でカヤックを楽しんでいた際、突然の強風によって転覆。極寒の湖水に投げ出された彼は、重度の低体温症により、病院で静かに息を引き取りました。享年72歳。
最期まで自然を愛し、自然の中で生きた人生でした。
彼の死後も、ノースフェイスというブランドの根底には、ダグが植え付けた「探検(Exploring)」の精神が息づいています。それは単に未踏の地へ行くことだけではありません。既存の社会システムを疑い、環境のために何ができるかを問い続け、新しい価値観を探求すること。
彼が遺した広大な自然保護区は、現在も「トンプキンス・コンサベーション」という団体によって守られ、未来の子供たちへ引き継がれています。
時代を超えて愛されるノースフェイス創業者の哲学
私たちがノースフェイスのジャケットに袖を通すとき、そこには単なるファッション以上の物語が詰まっています。
サンフランシスコの小さな店から始まり、革新的なギアを生み出し、最後には地球を守るために全てを捧げた一人の男、ダグラス・トンプキンス。彼の生き方は、現代の私たちに「本当に大切なものは何か」を問いかけているような気がします。
「Never Stop Exploring(探検を辞めるな)」
このスローガンは、山を登る人のためだけのものではありません。自分の人生をどう生きるか、この美しい地球をどう守るか。その問いに対する答えを探し続けることこそが、真の探検なのです。
あなたも次にノースフェイスのロゴを見かけたときは、ぜひ思い出してみてください。過酷な北壁に挑み、そして自然と共に生きることを選んだ、一人の偉大な創業者の情熱を。その一着が、あなたを新しい冒険へと連れ出してくれるはずです。
ノースフェイス創業者の波乱万丈な生涯。ブランド誕生秘話と環境保護への情熱とは?その答えは、今もなお、私たちが手にする製品のディテールと、南米の広大な森の中に生き続けています。

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