「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える」
この言葉を聞いて、ピンとくる方も多いのではないでしょうか。アウトドア好きならずとも、街中でそのロゴを見かけない日はありません。でも、なぜパタゴニアはこれほどまでに熱烈に支持されているのか。単に「おしゃれだから」「機能的だから」という理由だけではない、深い物語がそこにはあります。
今回は、パタゴニアの誕生から現在に至るまでの激動の歴史を紐解き、私たちがなぜこのブランドに惹かれてしまうのか、その正体を探っていきます。
始まりは「たった一人の鍛冶屋」から
パタゴニアの物語は、きらびやかなファッション業界とは無縁の場所から始まりました。創業者のイヴォン・シュイナードは、14歳でクライミングの魅力に取り憑かれた青年でした。
当時のアメリカでは、岩に打ち込む「ピトン(ハーケン)」は一度使ったら抜き取れない軟鉄製が主流。しかし、シュイナードは「もっと強くて、何度も使える道具が欲しい」と考え、独学で鍛冶技術を学びます。
1957年、彼は廃材のクロムモリブデン鋼から自作のピトンを作り出しました。これが仲間の間で評判を呼び、車に道具を積み込んで各地の岩場を回りながら販売する「シュイナード・イクイップメント」が誕生したのです。
しかし、ビジネスが成功するにつれ、彼はある残酷な事実に直面します。自分たちが作った頑丈なピトンが、愛する岩肌をズタズタに傷つけていたのです。
ここでシュイナードは驚くべき行動に出ます。売上の大半を占めていたピトンの製造を、潔くやめてしまったのです。代わりに彼が提案したのは、岩の隙間に挟み込み、抜き取った後も傷を残さない「アルミチョック」でした。
「利益よりも、正しいことを優先する」
この1972年の決断こそが、後のパタゴニアの背骨となる「クリーン・クライミング」の精神であり、ブランドの原点となりました。
ウェア部門「パタゴニア」の誕生と伝説のラグビーシャツ
ピトン製造から撤退しつつあった頃、シュイナードはスコットランドで見つけた「ラグビーシャツ」をクライミング中に愛用していました。当時のクライミングウェアは地味なものばかりでしたが、このシャツは頑丈で、襟が重いギアの食い込みを防いでくれる。さらに、見た目がカラフルで気分が上がる。
仲間に分けてあげたところ、これが爆発的にヒットしました。これがきっかけとなり、1973年、衣料品部門として正式に「パタゴニア」というブランドが立ち上がります。
ブランド名は、南米の果てにある「パタゴニア」という未開の地に由来します。厳しい嵐が吹き荒れる極限の地でも耐えうる製品を作ること、そしてどの国の言葉でも発音しやすいこと。そんな願いが込められました。
パタゴニアはその後、アウトドア業界の常識を次々と塗り替えていきます。
1985年には、毛玉にならない軽量フリースパタゴニア シンチラを発表。それまでの重くて乾きにくいウールのセーターに代わる、画期的な中間着として世界中に広まりました。さらに、汗を素早く逃がすポリエステル製のアンダーウェアパタゴニア キャプリーンも同年に登場。
「重ね着(レイヤリング)」という概念をアウトドアの世界に定着させたのは、間違いなくパタゴニアの功績です。
倒産の危機が教えてくれた「本当のミッション」
順風満帆に見えたパタゴニアですが、1990年代初頭に最大の危機が訪れます。急激な拡大戦略が裏目に出て、景気後退の煽りを受け、全社員の20%を解雇せざるを得ない状況に陥ったのです。
シュイナードはこの時、自分自身に問いかけました。
「自分たちはなぜ、ビジネスをやっているのか?」
出した答えはシンプルでした。自分たちが大好きな自然を守るために、ビジネスという手段を使いたい。そのためには、成長のために環境を犠牲にするのではなく、持続可能なペースで歩む必要がある。
この危機を経て、パタゴニアはさらに尖った環境主義へと舵を切ります。
その象徴が、1996年の「オーガニックコットンへの完全移行」です。綿花栽培に使われる大量の農薬が、土壌や働く人々を蝕んでいることを知ったパタゴニアは、全製品の素材をオーガニックに切り替えると宣言しました。
コストは跳ね上がり、供給も不安定になる。周囲からは「自殺行為だ」と言われましたが、彼らはやり遂げました。今では当たり前となったオーガニック素材の普及は、彼らのこの「意固地なまでの正義感」から始まったのです。
「このジャケットを買わないで」という衝撃のメッセージ
パタゴニアの歴史の中で、最も有名な出来事の一つが2011年のブラックフライデーです。全米が消費に狂奔するこの日、彼らはニューヨーク・タイムズ紙に全面広告を出しました。そこに書かれていたのは、自社の人気製品パタゴニア R2ジャケットの写真とともに掲げられたこの言葉でした。
「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」
自社製品を売るための広告で「買うな」と言う。この矛盾したメッセージの裏には、「本当に必要でないなら買わないでほしい。1つの製品を作るためにどれほどの資源が使われているか考えてほしい」という、消費社会への強烈な問いかけがありました。
これに呼応するように始まったのが「Worn Wear(ウォーン・ウェア)」というプログラムです。壊れたら新しいものを買うのではなく、修理して長く使う。パタゴニアは全米を修理トラックで回り、他社製品であっても無料で修理を受け付けました。
「新品よりも、使い込まれ、継ぎ当てされたウェアの方が美しい」
この価値観は、使い捨ての文化に疲れていた現代人の心に深く刺さりました。パタゴニア レトロXのような定番モデルが、親から子へと受け継がれ、ヴィンテージとして価値を持つのは、こうしたブランドの姿勢があるからです。
地球が唯一の株主:2022年の歴史的決断
パタゴニアの挑戦は、ついに「資本主義の枠組み」さえも飛び越えました。
2022年、創業者の一家は、約30億ドル(当時のレートで約4,300億円)に相当するパタゴニアの全株式を、環境保護を目的とする信託と非営利団体に譲渡したのです。
「地球が私たちの唯一の株主である」
今後、パタゴニアが生み出す利益(年間約1億ドルとも言われます)は、すべて気候変動対策や自然保護のために使われることになりました。創業者が富を独占するのではなく、ブランドそのものを「地球を救うための公共財」へと変えてしまったのです。
これは、アパレル企業の歴史、いやビジネスの歴史において類を見ない極めて稀な出来事でした。
私たちがパタゴニアを選ぶ理由
パタゴニアの歴史を振り返ると、そこには常に「矛盾」との戦いがあります。
アウトドアを楽しみたいけれど、道具を作ることで自然を壊してしまう。
環境を守りたいけれど、物を売らなければ活動資金が得られない。
パタゴニアは、その矛盾から逃げませんでした。泥臭く悩み、時には売上を犠牲にしてでも、自分たちが信じる「正しさ」を貫いてきました。
私たちがパタゴニア バギーズショーツを履くとき。あるいは、冷え込む朝にパタゴニア ダウンセーターを羽織るとき。私たちが手にしているのは、単なる防寒着ではありません。それは、一人の鍛冶屋から始まった「より良い世界を作りたい」という意思の一部なのです。
長く着れば着るほど、その服には自分の思い出と共に、パタゴニアの歴史も刻まれていく。そう考えると、少し高い買い物も、未来への投資のように思えてきませんか?
パタゴニアの歴史と理念を徹底解説!世界を虜にする製品の進化と環境への挑戦とは?
パタゴニアの歩みは、今も止まっていません。
リサイクル素材のさらなる追求、再生型オーガニック農業の推進、そして政治的なアクション。彼らは常に「ビジネスの常識」を疑い、新しいスタンダードを作り続けています。
創業から半世紀以上。シュイナードがピトンを打つのをやめたあの日から、パタゴニアの根っこにあるものは何も変わっていません。
「最高の製品を作り、仲間を助け、地球を救う」
このあまりにも壮大で、あまりにも純粋な目標に向かって、パタゴニアはこれからも挑戦を続けていくでしょう。次にあなたがパタゴニアの製品を手に取るとき、そのロゴの向こう側に広がる険しい岩場と、美しい青い海、そして一人の鍛冶屋の情熱を、ぜひ思い出してみてください。
それはきっと、あなたのアウトドアライフを、そして日々の暮らしを、少しだけ豊かにしてくれるはずですから。

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